大阪高等裁判所 昭和34年(ラ)70号 決定 1960年2月09日
抗告人 藤田戸一郎
相手方 山陽電気鉄道株式会社
主文
本件抗告を棄却する。
抗告費用は抗告人の負担とする。
理由
本件抗告の趣旨竝に理由は別紙のとおりである。
本件執行方法に関する異議申立事件に付為した原決定に対する抗告理由は、要するに相手方が抗告人との間の昭和三一年(ユ)第六〇号調停調書の執行力ある正本に基いて抗告人に対し抗告人の占有する姫路市南町一二番地の一山陽電鉄姫路高架下店舗第一一七号、第三二号各八坪八合六勺三の家屋明渡の執行を神戸地方裁判所姫路支部所属執行吏藤森喜代平に委任したが、同執行吏は右債務名義である調停調書には「店舗」とあるが執行の目的物は「家屋である店舗」ではなく、電車軌道の高架下を区劃した各八坪八合六勺三の「空地である店舗」であると考えられ、むしろ土地明渡の執行事件として民事訴訟法第七三三条によるか或は建物収去命令を必要とする疑があるとして執行の中止をなしたのである、しかして右個所には右執行の目的物である会社の建築せる店舗なるものなく、抗告人が相手方から賃借せる土地に抗告人が約八〇万円を投じて(イ)シヤツター(ロ)硝子張り飾窓(ハ)造り付の陳列棚(ニ)二階居室(ホ)畳建具(ヘ)電灯設備を施した店舗兼住宅が存在するのであるから、相手方の家屋明渡の強制執行の中止を為した前記執行吏の処置は当然にして公正な判断というべきであり、従つてこれが続行を命じた原決定は違法であるというに帰するところであるところ、
本件強制執行は相手方が抗告人に賃貸した相手方所有の高架の電車線路のコンクリートの道床を天井とし、両側にコンクリートの柱を建て、その間を煉瓦積として隣りとの境とした個所の明渡を求めるものであること神戸地方裁判所姫路支部所属執行吏藤森喜代平作成の家屋明渡執行中止調書の記載と本件口頭弁論における当事者双方の主張によつて明らかであり、しかしてその債務名義である姫路簡易裁判所昭和三一年(ユ)第六〇号の宅地建物調停事件の調停調書には右執行の目的物を「店舗」と表示し坪数のみを記載し、構造についての記載がなく、右表示はやや正確を欠くが、執行の目的物である建造物についてその構造の詳細を具体的に表示しなくても目的物を特定できる程度に表示してあれば債務名義として不適法のものでない。しかして右調停調書には前記構造を有する高架下の区劃した個所を建物である店舗として表示したものであつて図面をも添附しその特定に欠くるところがないと解するを相当とし、単なる土地の明渡を求めるものではないことを認めることができ、また、前記強制執行中止調書によれば、前記個所には抗告人において設備した鎧戸、硝子張り飾窓、造り付け商品陳列棚、二階居室畳、建具、電灯設備等あり店舗兼居宅の如き体裁をしていることを認めることができるが、本件執行としては、本件店舗である右個所から債務者及び同居人を退去せしめ債務者の所有占有にかかる動産を取り除いて債務者に引渡して、右執行の目的物を債権者に引渡し、また目的物件内に毀損するに非ざれば分離することができない程度に附加せしめた債務者所有の物件あるとき債務者において任意これを撤去しない場合は一応附加したまゝ債権者に引渡し債務者において残存物について収去権を有する物件については執行後実体上の問題として爾後の解決にまつべきものであつて、これがため本件強制執行を続行するの妨げとなるべきものではない。
なお、抗告人は右事由の外縷々主張するところがあるが、それは本件債務名義に対する請求異議の事由や、本件強制執行中止に対する執行方法に関する抗告事由としては不適法のものである。
そして、原決定を査閲するも、その他に原決定を違法ならしめる点はないから、本件抗告は理由がないものとしてこれを棄却すべきものとし、民事訴訟法第八九条第九五条に則り主文のとおり決定する。
(裁判官 加納実 小石寿夫 千葉実二)
抗告の趣旨
原決定は之れを取消す。
抗告費用は被抗告人の負担とする。
抗告理由
一、抗告人と被抗告人との間に為された賃貸借契約は成文上は形式を備へあるものの如きも実際の事実上と相反し、亦昭和三一年(ユ)第六〇号調停調書(姫路簡易裁判所)は抗告人は認めてゐない、然るに原審は実際事実上の実態を検証亦は実情を把握することなく机上の空論を以て事実と相反する誤りたる審判をせられ現地に臨み実際上にも法律上にも不当不可能なりと認め強制執行を中止せる公正なる執行吏藤森喜代平の中止報告を、裁判官対執行吏との地位、職務関係等より無視し圧力的に実情を調査することなく本決定を下したるは誤りたる決定にして事実は飽迄事実として厳然と実在し如何に相手方会社が「店舗」を貸与せりと謂ふも「会社の建築せる店舗」なく抗告人の賃借せる土地に抗告人が約八十万円を投じ建築せる店舗兼居宅」現在しあり、自己の所有に属する独立せる店舗居宅を明渡すことを得ず斯の如き会社の建築せざる抗告人の建築せる店舗居宅を無視放遂せんとする決定は憲法第二十九条財産権を無視憲法第三十五条住居権の侵害にして応じ難し、
決定の事実及び理由に対する答弁及主張
一、決定は建物の構造は特に記載を要しないものであり又債務名義たる調停調書の第一項に「建物賃貸借契約により賃貸中の店舗」であることが明示されてゐるからこの「店舗」が建物を意味することが疑いの余地がない(中略)債務名義上特に「工作物そのものを収去して明渡せ」とか「原状に復して明渡せ」とかなつているわけでもないから単純に店舗を現状のまま明渡さしめれば足るものであると明示しあり
答弁及主張
会社の建築せる店舗は現在しない、抗告人の建築せる別紙青写真要図の店舗兼居宅を「単純に店舗を現状のまま明渡さしめれば足る」の決定は明に抗告人の所有権即ち憲法第二十九条財産権の侵害であり没収であつて断じて応じる事が出来ない。
証拠
昭和三十四年二月十四日神戸地方裁判所姫路支部所属執行吏藤森喜代平が強制執行の為め姫路市南町三十四番地の現場に臨「店舗」とあるが坪数のみ記載されたるに止まるとは会社の店舗がないとの意味に外ならない。即ち「店舗」とは「家屋である店舗」ではなく電車軌道の高架下を区劃した各八坪八合六勺三の「空地である店舗」と考へられとは即ち会社の土地はあるが店舗はないとの意なり
其の空地内には債務者の藤田戸一郎が取りつけたる(イ)シヤツター(ロ)ガラス張り飾窓(ハ)造り付の陳列棚(ニ)二階居室(ホ)畳建具(ヘ)電燈設備、殆んど独立の二階建店舗兼居宅の形態を備えたものと考へられるから、むしろ土地明渡の執行事件として民訴第七三三条によるか或は建物収去命令を必要とする疑があるとはむしろ遠慮して抗告人の店舗居宅が相手方土地八坪八合三に各々有りて抗告人の財産権が会社名義を以て強制執行出来難いとの社会的通念及び常識上又は法律上よりするも不可能との理由に基き中止せられたるは当然にして公正なる判断の下に厳然たる事実の前に護法の精神を吐露したるものにしてあえて決定の理由とする執行吏の独自の見解による不当なる中止と論難するは即ち法と事実の前に忠実なる執行吏を裁判官対執行吏と云う地位と職務上よりする不平等なる見解と云うべく不当にして歴然たる事実なり、
二、三、決定事由理由
本件執行としては執行の目的物たる店舗より債務者及び同居人を退去させ債務者所有又は占有にかかる動産を屋外に搬出し同店舗の占有を債権者へ移せば完了するものであり民訴第七三一その以後において尚債務者が残存物につき収去権を有する物件があるか否か等は執行後に実体上の法律問題であり何等執行手続上の妨げとなるものでないとし又其の三、において「債務者が債務不履行によつて本件店舗の明渡義務を生じた本件においては造作買取請求権を行使できず行使できるとしても留置権同時履行の抗弁権の成立しないこと判断の示すところである以上執行吏の本件執行中止処分は不当であるから執行の続行を求めるとし以上何れも事実及法律上の認定を誤りたるものにして失当なり
答弁及び主張
1 抗告人は相手方山陽電鉄会社より昭和三十年十月肩書姫路市南町三四番地上に拾七坪七合二の高架下宅地借受け設計図面を会社に提出承認を受け昭和三十年十一月二十四日より家屋新築に着工し昭和三十一年一月六日店舗居宅を竣工した
2 然るに昭和三十年十二月十二日会社より契約書の送付を受け保証金壱百四十二万八千円也を納め契約の締結に当つたが契約証書は「高架下の土台も門扉も電燈もなく何人も自由に交通し得られ当時乞食ルンペンの巣窟しありたる空地」が店舗賃貸借契約書の名義となりあり
3 茲に於て賃借人が数十万を投資し木造二階建の独立家屋(店舗居宅)を新築し会社としては何等店舗を築造しあらざるに拘らず店舗契約となすは賃借人の法的無知を利用し賃借人の所有権(憲法第二九条民法第二〇六条)を侵害するものなりとし且つ商業上好地域を欲する賃借人の欲情に付け入り、(憲法第十四条第十八条に保障せらるる)平等に関し法律上、経済上又奴隷的貸す者と借りる者との間に無理な契約を押付けるものなりとし、
4 賃借人約六十三名は斯くては賃借人の新築せる家屋が何時の間にか不知不識の間に会社の所有になり所有権が盗滅せられるものなりとし契約書の無効所有権の確認」の二項目に依り選定書を作成し争ふに至れり
5 会社側は斯の如き紛争の空気を察知し昭和三十一年四月十日姫路市役所公簿上に姫路市南町無番地上店舗八百五十二坪参合参勺と登録し(神戸法務局姫路支局には登記なし)何等天井も壁も門扉も座板も土台もなき店舗を姫路市役所公簿上に設定し法律上の先着手優先を以て賃借人の事実上の家屋を無視抹殺し登記を妨害せり憲法第二十九条民法第二〇六条の財産権の侵害なり
6 昭和三十二年七月十三日姫路簡易裁判所に於て選定当事者三名は「契約無効所有権確認」の調停を之に反し委任事項を踰越し反つて調停調書に依り「調停条項一項より七項に亘り賃借人の所有権放棄の条項」に亘る調停を行ひ(抗告人否認)憲法第二十九条民法第二〇六条の財産権侵害に協力せり尚調停調書を隠匿し六十名に披見せしめず妨害せり
7 昭和三十二年七月二十六日付会社側より調停調書の決定家賃の督促状に接し抗告人等は驚愕し当事者三名に其の披見を要求せるも不得要領不可解にして後に昭和三十四年八月五日神戸地方裁判所に於て訴訟書類を閲覧するに当事者等は昭和三十二年九月三日各々受領しありて此の間相手側と何等かの黙契あるにあらずやとの疑をいだかしむるものあり
8 昭和三十二年十一月四日調停調書に依り強制執行に会社側より来る旨通告あり抗告人外三名は本件の如く紛争するに至りたるが抗告人は会社側の前7項通告を授受するや内容証明を以て直に会社側に全面的に拒否拒絶する旨(調停調書)昭和三十二年九月十三日発送しありて昭和三十一年(ユ)第六〇号調停調書は抗告人に対しては不成立にして無効なり亦此の点は会社側代理人北山六郎弁護士も承知しある処にして別紙北山弁護士の昭和三十四年七月十五日の書簡を見ても明白なり
昭和三四年(ラ)第七〇号即時抗告に対する答弁及主張
1 昭和三十四年三月十六日抗告人は大阪高等裁判所に対し神戸地方裁判所姫路支部の姫路簡易裁判所昭和三一年(ユ)第六〇号調停調書正本にもとずく昭和三四年(ラ)第二八号強制執行に対し即時抗告の申立を為し昭和三四年(ラ)第七〇号に依り受理せられ昭和三四年四月八日執行停止の決定を受けたり
2 然るに昭和三四年五月一日相手方の申立に依り昭和三四年七月一日神戸地方裁判所姫路支部の決定に基き抗告人に対し昭和三四年七月二十一日執行吏をして強制執行する旨通告せり其の理由に依れば大阪高等裁判所の昭和三四年(ラ)第七〇号執行停止は神戸地方裁判所姫路支部昭和三四年(ラ)第二八号を停止するものにして姫路簡易裁判所昭和三一年(ユ)第六〇号の効力を停止すべきに非ずと為し強制執行の続行を命じたり
3 鑑みるに昭和三四年(ラ)第二八号は昭和三一年(ユ)第六〇号の強制執行の原因及び其の正本の執行力に依り強制執行続行を命じたるものにして即時抗告申立人は其の申請に於て昭和三一年(ユ)第六〇号及昭和三四年(ラ)第二八号に対し関連あるものとして申請しあり且つ大阪高等裁判所の決定も昭和三一年(ユ)第六〇号に基き執行吏が強制執行中止したるに依り昭和三四年(ラ)第二八号の続行命令に対し停止決定したるものなれば昭和三四年(ラ)第二八号は停止したりとするも昭和三一年(ユ)第六〇号は停止されずとなし昭和三四年七月二十一日強制執行を命じ執行吏に対しては執行方法に対し昭和三四年(ラ)第二八号の精神を含み執行なさしめんとするは不当なり若し(ラ)第二八号の精神或は真意を含みあらずとせば昭和三一年(ユ)第六〇号のみ生きありとせば昭和三四年十二月十四日執行吏が中止報告せし状態は依然として継承亦は生きあるものなり従つて不当である。
4 亦昭和三四年(ラ)第二八号は昭和三一年(ユ)第六〇号の内容及効力を変更したるものに非ずたゞ姫路支部が執行吏の監督的指令として其の執行方法及監督権の立場より為したるものにして独立して新しい効力を命じ又は発したるものに非ずと思料せられ飽迄昭和三一年(ユ)第六〇号は独立しあり以て昭和三四年(ラ)第七〇号を抹殺し昭和三四年(ラ)第二八号丈に効力ありと極限するは誤認に基くものにして抗告人の権利を侵害する処大なり
5 抗告人は根本的に昭和三十二年九月十三日昭和三一年(ユ)第六〇号調停調書の許容追認を拒絶しありて抗告人と相手方の間には調停調書は成立しあらず当事者が委任事項を逸脱し其の権限を踰越したる調停は委任者の追認なき限り無効なり亦契約の無効所有権確認以外の調停を為すは二項を標傍し委任者を詐欺したることともなり無効なり
依つて無関係なる調停に依り強制執行せんとするは権利の侵害なり委任者は無制限に権利を委任せず二項目に限定しあり不当なり
6 相手方は昭和三十四年十月三十日抗告人方を強制執行すべく通告し来りありも不当なり